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ジャーナリスト

渋井 哲也

ポケベル~パーソナル・メディアの元祖

東京テレメッセージがポケットベル(ポケベル)のサービスを19年9月をもって終了すると発表した。ポケベルは、小型の受信機に合図を送る呼び出しサービスに使われる機器のこと。1968年に日本でサービスが開始、ほぼ半世紀でサービスが終わりを告げる。ポケベルはインターネット・コミュニケーション前夜に訪れた、パーソナル・メディアの元祖だった。

当初は呼び出し音が鳴るものだけだったが、90年代には数字を送信できるようになり、語呂合わせでメッセージを送っていた。例えば「0840」(おはよう)、「3476」(さよなら)、「114106」(愛してる)、「3341」(さみしい)など。待ち合わせ場所なども電話番号の市外局番で「045」(横浜)、「03」(東京)などと表現した。その後は数字だけでなくカタカナやアルファベットを送れるようになった。

ポケベルが「出会い系」や「援助交際」のツールとして機能したのは94年以降だ。当時、女子中高生の「出会い系」や「援助交際」は、テレホンクラブ(テレクラ)や伝言ダイヤルがメインだ。しかし、直接的な連絡はポケベルのほうが便利で、連絡をとる手間も省けた。出会った男に、次も出会うのならポケベルに連絡していた。
その後は、風俗的なメディアを利用しなくても、出会いの場をつくることができた。ゲームセンタやラブホテルに置いてあるコミュニケーション・ノートに、メッセージとポケベルの番号(ベル番)を残しておけばよかった。
さらには、プリクラがゲームセンタに置かれるようになると、プリクラを貼り付けるコーナーができた。そのコーナーにプリクラを貼り付けるとき、その後ろにベル番を書いておく。それが「出会い」や「援助交際」のツールとなっていった。プリクラ援交は一部で問題となり、プリクラコーナーが消えたゲームセンタもあった。
95年になると、リクルートフロムエーが発行する個人情報誌「じゃまーる」が発刊された。それまでにも雑誌の投書欄に「ペンパル」(ペンフレンド)を募集する人はいたが、「じゃまーる」では投稿欄専門の雑誌で、友人募集欄もあり、連絡先として「ベル番」を載せる読者が多かった。

筆者が初めてポケベルを持ったのは新聞記者になってからだ。当時、中学生が校舎内の公衆電話にテレホンカードを持って並んでいた風景を取材で見たことがある。しかし、自分自身はポケベル・コミュニケーションを経験せずに、PHSや携帯電話、パソコン通信、インターネットによるコミュニケーションへと飛び火していた。
インターネットが隆盛を極める直前だ。日本では、パソコン通信がすでにあったものの、パソコンを持つのはまだハードルが高かった。一方、ポケベルは、パーソナル・メディアによるコミュニケーションの敷居を下げるのに役立った。ポケベルでメッセージを送るという下地があったからこそ、99年以降に登場した、NTTドコモのネットサービス、iモードが若者の間で積極的に利用されたのだろう。

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