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土砂崩れで溢れ出す水。付近では床上浸水の被害も(美郷町にて)

秋田大雨 現場体験記㊦

2017年8月14日(月) 3297号

「農作物にとっては、恵みの雨ですね」。
運転中の藤原氏に話しかけた。
「いや、枝豆にはよくないです。水を取り過ぎると腐るので。米にはいい雨なんだけど」。
大雨の影響で周囲に靄がかかっている。藤原氏は、あちこちに分散した畑を一つひとつチェックしていく。幸い、ほとんどの畑は問題なさそうだ。ただ、土砂崩れのせいで大量の水が流入している畑もあった。
「やばいな。畑が水浸しだ」。藤原氏は車を降りて、容赦なく水が流れ込む枝豆畑を不安そうに眺めている。その姿を見つけた近所の男性が話しかけてきた。彼によると、この付近の家々で床上浸水などの被害が出ているという。「こんな大雨は5年ぶりだ」と興奮気味に語っていた。
◇  ◇
「早めに東京へ戻ったほうがいいな」。
私には、どうしても本日(7月23日)中に戻らなければならない理由があった。というのも24日から28日まで関西出張が入っており、すでに数々のアポイントを取っていたのだ。23日中に出張の準備をし、24日朝には大阪行きの新幹線に乗らなければならない。
その旨を藤原氏に説明し、すぐにJR大曲駅まで車で送ってもらうことになった。時刻は午前10時過ぎ。私は16時頃に東京に到着する秋田新幹線を事前に予約していた。いま美郷町を出れば11時前には駅に着く。早い便に変えることもできる。
「新幹線が動いているかどうか、念のため調べたほうがいい」。
藤原氏の助言を受けてスマートフォンでチェックしてみると、秋田―盛岡間で運転を見合わせていた。ただ午後には運転を再開するらしい。
「昼過ぎに動くなら大丈夫ですね。運休になったら、もう一泊すればいいじゃないですか」。藤原氏はあくまで鷹揚である。
「そうですね。そのときはご厄介になります」。私は内心、そうもいかないんだがと苦笑しつつ、一方で、いくらなんでも新幹線が終日運休になるはずがないと心のどこかで高を括っていた。
JR大曲駅には11時頃に到着。改めてスマートフォンでチェックすると、まさかの終日運休だ。要するにこのままでは東京に戻れないわけだ。ここに来て事の重大さが身に沁みてきた私は、とりあえず予約してあった乗車券を払い戻して、次善策を練った。選択肢は限られている。飛行機かレンタカーだ。私は当初、レンタカーに傾いていた。自分で運転したほうが確実だと踏んだのだ。ただ、藤原氏は難色を示した。
「きょうは、朝早かったし、疲れているはずだから、長距離運転は危ないですよ。土砂災害で道が封鎖されているかもしれないし」。
言われてみれば確かに危険である。
そうなると飛行機しかない。JALに電話を入れると、飛行機は平常通り飛んでおり、17時発の便は満席だが、20時50分の便なら空いているという。それに乗れば22時に羽田に着くので、その日のうちに自宅に戻れる。ササッと出張の準備をして寝れば、何事もなく大阪へ行けるはずだ。私はその場で20時50分の便を予約した。
「お客様、いまどちらにおられますか。どのように空港まで来られますか」。
電話向こうの女性スタッフがなぜか執拗に確認してくる。
「大曲駅にいます。タクシーで行きます」。
「通行止めの道路もありますが、大丈夫ですか」。
「そうなんですか…。でもチャレンジします。どうしてもダメなら、そのとき改めて連絡します」。
私はそう言って電話を切り、藤原氏には「とにかくタクシーで秋田空港へ向かいます。何かあったら電話します」と伝えた。
藤原氏は「無理しないで。電話くれれば迎えに行くんで」と頷いた。「しかし、北島さん、まるで戦場ジャーナリストだね」。
   ◇  ◇
「秋田空港まで行けますかね?」
駅前に停車中のタクシーに乗り込み、運転手に聞くと、「ええ、行けますよ」と、のんびりした調子で答えた。ちょっと拍子抜けしたが、行けるというのなら勿怪の幸いだ。
タクシーは国道13号を秋田市内に向かって走っている。
「ここから1時間くらいだから1時には空港に着きますよ」。
道路は奇妙なくらいスムーズだ。通行止めというのは、いま話題のフェイクニュースだったのか。
「あと30分も走れば空港だよ」。
それを聞いてホッとした。結局どうってことなかったわけだ。
ところが、そうは問屋が卸さなかった。窓外の雰囲気がやにわに物々しくなり、よく見ると雄物川が氾濫、住宅街が浸水。その様子を大勢の住民が橋の上から心配そうに傍観している。そして渋滞。やはり通行止めだ。
「裏道から行くか」。
運転手はそう言って、人気のない細い道に入った。しばらくは順調だったが、空港へ向かう道は通行止めだった。運転手は別のルートを模索したが、そこも通行止めで、さすがに動揺を隠せなくなっていた。
「ところでお客さん、秋田には仕事?」
動揺を紛らわしたいのだろう、彼は私と雑談を始めた。私が新聞記者で農業の取材で美郷町に滞在していたことを話すと、彼も美郷町出身だという。
「お客さん、新聞記者なら、写真撮っといたほうがいいんじゃないの。ちょっと待ってて、どこかいい場所を見つけるから」。そう言うと、彼は料金メータを切り、インパクトのある風景を探し始めた。有事でも気楽さを失わない彼の姿勢にある種の頼もしさを感じたりもした。
私が写真を撮っている間、彼は自販機で缶コーヒーを2本買い、1本を私に手渡した。
「お気遣いなく」。
「いやいや、これも何かの縁だから」。
なるほど、秋田の人は温かいというが、要するに、こういうことなのだろう。
「しかし、お客さん、これじゃまるで戦場ジャーナリストだね」。
秋田の人は「戦場ジャーナリスト」が好きなようである。
しばらく右往左往していると車で巡回中の町の青年団に出会った。運転手が空港までのルートを聞いた。
「裏道があるから付いて来な」。強面の男たちだが、根は親切だった。一縷の望みを託したが、無常にもその裏道もどっぷり水に浸かり、通れなかった。
「これじゃ無理だ。空港へは行けない」。彼らは自分のことのように残念そうな表情で、さじを投げた。
万事休す。すべてキャンセルだ。私は覚悟した。
世の中というのは不思議なところで諦めかけたときに奇跡が起きる。目の前の秋田自動車道がふいに開通した。地獄で仏とは、まさにこのことだった。
「お客さん、高速で空港まで行けるよ」。
「お願いします」。
藁をも掴む思いで、高速に飛び乗り、空港を目指した。空港にはものの15分で到着。キャンセル待ちで17時の便にも乗れた。結局、東京には18時過ぎに到着し、自宅に戻ったのは20時頃。あまりにあっけないその後の展開に狐につままれた気分だった。 (北島圭)

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